史上最初のTS!?
あなたは、人類史上始めてのTSをご存知だろうか?
神話や伝説、昔話などでは見たことがある方もあるかもしれないが、それが人類史上初かどうかとなると賛否両論あるだろう。
だが、実は……皆さんがよくご存知(だと思うのだが)の話の中に、人類史上初のTSが記録されているのだ。
そう、その物語とは……
「……ああ、なぜうまくいかんのだ? ほかのものたちはうまく出来たのに……これだけはうまくいかん。……なぜなのだ!?」
“彼” は、そうぼやきながら、テーブルの上でこねくり回していた粘土を思いっきり持ち上げると、それを床に叩き付けました。
それで気持ちがすっきりするというわけでもないのですが、こんなことでもしないと落ち着かないほど、“彼” はイラついていました……
「どうしたのですか……?」
扉が少し開きました。少し開いた扉の隙間から、金髪のたくましい美青年が、まるで親の恐ろしい剣幕に怯える幼子のような不安そうな顔をして “彼” の様子を覗いていました。
「……ん? だれだ!?」
「あの……わたしです……」
その口調は、恐ろしさのあまり、今にも泣きそうな幼子そのものでした。
「その声は……アダムか。どうした?」
「は、はい。なにやら叩きつけられる音が聞こえましたので、何事かと思いまして……大丈夫ですか?」
「アダムは優しい子だのう。……大事ない。安心して、あちらにおるがいい」
その慈愛に満ちた声に安心したのか、アダムと呼ばれた美青年は扉を閉じ、その場を去ろうとしました。
そのとき、部屋の中から青年を呼び止める声がしました。
「……アダム。すまぬが、こちらに来てくれぬか?」
「は、はい。神様」
アダムは閉じかけていた扉を勢いよく開けて、まるで飼い主に呼ばれた愛犬のように “彼” のもとへと駆け寄りました。
アダムが駆け寄った先にいたのは、アダムにそっくりの美青年でした。
いや、「そっくり」というのは言葉不足です。それはまるで鏡に写ったアダムといっても言い過ぎではありませんでした。
二人の違い――それは、部屋にいたアダム…… “彼” が薄く軽やかな白い布を身にまとっているのに対して、部屋の外にいたアダムは、そのたくましい身体に何もまとっていないところです。
「神様……これはなんですか?」
アダムは、テーブルの上に置かれた土くれを指差して、 “彼” に尋ねました。
「それか? それは、お前を作った土くれだ。これを使って、お前のパートナーを生み出そうとしておったのだが……なかなか思い通りにいかんのだ」
「わたくしのパートナーですか? わたくしにもパートナーが出来るのですか!?」
「……うれしそうだのう」
「はい、動物たちには……いえ、鳥や魚にも寄り添うパートナーがおりますが、わたくしには居りませんでしたから、うれしゅうございます」
「うむ。……だがなかなかうまくいかんのだ。動物たちは簡単だったのだが……人間はなぜか難しい。何か言い工夫はないものだろうか……」
神様は顎に手を当ててうなりながら、アダムの身体を見回しました。と……ふと、その視線がある一点に止まりました。
そこには、たくましくいきり立ち、歩くたびに下腹をまるで太鼓を叩くバチのようにバンバンと叩くモノがありました。
「アダムよ。そこの骨を貸してはくれないか?」
そうです。最初は、男のあそこには骨があったのです。
「はい神様。歩くときに腹を叩くので歩きにくかったのです。どうぞお使いください」
「ありがとう。使わせてもらうぞ」
“彼” は、アダムのあそこをつかむと、牛の乳絞りをするような手の動きをしました。
すると、先っぽから白く硬そうな骨が出てきました。“彼” はそれをテーブルの上の土くれの中に埋め込むと、再びこね始めました。
こうして、男性のあそこには骨がなくなったのです…………てホントかよ……
細かい粒が消え、滑らかな肌土になるまで土くれをこね回していた “彼” は、今度はそれで何かの形を作り出しました。
それは、最初は丸と楕円をつなぎ合わせただけのものでしたが、やがてだんだんと人の形を取り出しました。
そして、それは “彼” ……いや、アダムそっくりになりました。ただ一点を除いて。
「出来た……さあ、生を吹き込むぞ」
“彼” は、テーブルの上に横たわるアダムそっくりの土人形に唇をつけて、息を吹き込みました。
すると、土色だった人形に生気が浮かび上がり、その色は唇の辺りから、アダムと同じ肌の色に変わっていきました。
「うむ、ヘテロと名づけよう。……どうだ? アダム。素敵なパートナーだろう?」
“彼” がアダムのほうを見ると、アダムはまるで汚らわしいものでも見るかのように、ヘテロを睨み付けていました。
「アダム、このヘテロがいやなのか?」
アダムは黙ったまま、力強く “彼” の問いに頷きました。
アダムが嫌うのなら仕方がない。“彼” は、ヘテロをエデンの園の奥のほうに飛ばしました。
こうして、ヘテロは、男でもなく女でもないものとして生まれ、一人で暮らしているうちに、自分と同じものしか愛せなくなってしまいました。
“彼” は困ってしまいました。
アダムの気に入るパートナーを、どうしたら生み出すことが出来るのか。どうしてもわからなかったからです。
“彼” はアダムをエデンの園に帰すと、一人部屋の中で頭を抱え込んでいました。
「ふぁ〜あ、どうすればいいのだ……」
「神様、何かお悩みのようですね」
ふと聞こえてきた声に “彼” が顔を向けると、そこには黒髪おかっぱ頭の見習い天使が立っていた。
「お前は……カヨンではないか?」
「はい、神様にご相談があってまいったのですが、神様がため息をつかれていたので、何事かと思いまして……」
「うむ、悩みがあってのう」
「その悩み、私に聞かせてもらえませんか?」
「見習い天使のお前にか?」
「はい、わたしも見習いとはいえ天使です。悩めるものの心と身体をお救いしたいのです」
「そうか、それならば話すとするか……」
“彼” はこのかわいらしい見習い天使の真剣な表情に、つい悩みを話し出してしまった。
「ふむふむ……つまりアダムさんのパートナーになれればいいのですね」
「ん? なるって、誰がだ?」
「神様です。だって、パートナーが見つからなくて困っているのでしょう? だったら、神様がパートナーになればいいじゃないですか」
「な、なに〜〜!?」
「それでは行きます……」
取り取り、付け付け、ミラクルパワーっ!! ぜんか〜〜いっ!!
「う・・・わ、わあああああぁ〜〜〜っ!!」
「キミがボクのパートナーかい? ボクはアダム。キミは?」
「イ、イブ……」
「イブか。可愛いね。……キミはどうやって作られたの?」
「あ……あなたの肋骨から……よ」
“彼女” は、すこしあわててそう答えました。
「肋骨? いつ取られたのだろう?」
「か……神様がやったこと、よ。あなたが、き……気づかないうちに取っていた……のよ……」
「そうなのか。……それじゃあイブ、これからよろしくね」
笑顔を浮かべるアダムに、イブは顔を赤らめて頷きました。
『あの天使め……まさか神である私を、人間の女にしてしまうとは……おかげで私は力を失い、天上界に居られなくなってエデンに来るしかなかったじゃないか……
今頃はミカエルやガブリエルたちが、わたしのことを探しておるだろうなぁ……』
お尻まで流れるような金色の長い髪、ふくよかな胸、引き締まった腰、安らぎを与える身体のライン。
絶世の美女「イブ」になった “彼” は、自分をいとおしく見つめるアダムの視線を感じながら、深いため息をつきました。
「神様に、どんなものも性転換させてしまう私の力の相談に行ったのだけど、あんな使い方もあったのね。……これからはこの力を使って、悩める人々の心と身体の悩みを解決していくことにするわ」
こうして、思いっきり勘違いをした一人の見習い天使のおせっかいが始まりました。
そしてそれが人類にまで及ぶのは、もう少し先の話でした……